

REPORT
〈分析レポート〉
2026年2月18日に観光庁が公表した「旅行・観光消費動向調査 2025年10-12月期(1次速報)」および年間速報をもとに、日本人国内旅行市場の現状と今後の方向性を分析しました。
2025年の日本人国内旅行消費額は年間26兆7,746億円となり、コロナ禍前の2019年(21兆9,312億円)を上回りました。市場は名実ともに回復・拡大フェーズに入ったと評価できます。
一方、2025年10〜12月期(以下、Q4)の消費額は前年同期比2.6%減と失速しており、通年の好調と直近の減速が同時に確認されます。この「ずれ」は、市場縮小ではなく消費行動の構造変化を示すものと考えられます。現場においては、集客量の最大化から「一人当たりの消費額をどう設計するか」へと、戦略の重心を移す必要があります。
本レポートで使用するデータは、観光庁「旅行・観光消費動向調査」の以下2種です。
2025年10-12月期(1次速報):2026年2月18日公表
2025年年間速報:同日公表
対象はいずれも日本人国内旅行者であり、訪日外国人は含みません。
過去との比較には2019年(コロナ禍前)を主なベンチマークとして用います。ただし、すべての数値は名目値であり、物価上昇を考慮した実質ベースでは伸びは数字より小さくなります。Q4の分析においては、前年同期比を主軸とし、季節性と構造変化を切り分けながら読み解きます。
2025年の主要指標は以下の通りです。
国内旅行消費額:26兆7,746億円(前年比 +6.4%)
延べ旅行者数:5億5,366万人(前年比 +2.5%)
1人1回当たり旅行単価:48,359円(前年比 +3.8%)
旅行者数・単価・消費額がいずれも前年を上回っており、拡大基調にあることが確認されます。2019年比では消費額が約22%増となっており、市場規模としてはコロナ前を明確に上回る水準に達しています。
2025年Q4(10〜12月期)の主要指標は以下の通りです。
国内旅行消費額:6兆3,022億円(前年同期比 -2.6%)
延べ旅行者数:1億2,757万人(前年同期比 -0.1%)
1人1回当たり旅行単価:49,402円(前年同期比 -2.5%)
通年と異なり、Q4ではすべての指標が前年を下回っています。特に注目すべきは、旅行者数がほぼ横ばい(-0.1%)にもかかわらず、単価が2.5%下落し消費額全体を押し下げている点です。Q4の減速は「旅行をやめた人が増えた」のではなく、「旅行はするが、使う額が絞られた」という消費行動の変化によるものと考えられます。
Q4において、宿泊旅行と日帰り旅行の動向は対照的です。
宿泊旅行
消費額:5兆1,337億円(前年同期比 -3.5%)
旅行単価:72,385円(前年同期比 -3.4%)
日帰り旅行
消費額:1兆1,685億円(前年同期比 +1.5%)
旅行単価:20,627円(前年同期比 +1.5%)
宿泊は消費額・単価ともに前年割れ、日帰りは消費額・単価ともに前年超えという構図です。旅行の「短距離化・短期化」が数字に表れ始めていると考えられます。
| 指標 | 宿泊旅行 | 日帰り旅行 |
|---|---|---|
| 消費額 | 5兆1,337億円 | 1兆1,685億円 |
| 前年同期比 | −3.5% | +1.5% |
| 旅行単価 | 72,385円 | 20,627円 |
| 前年同期比 | −3.4% | +1.5% |
宿泊旅行の落ち込みには、複数の要因が複合的に作用していると考えられます。
①インバウンド増加による宿泊環境の変化 インバウンド需要の急増により、都市部・人気観光地を中心に宿泊価格の上昇と予約困難化が進んでいます。旅行意欲があっても「価格に納得できない」「希望の宿が取れない」という段階で離脱が起き、日帰り旅行へ代替する動きが生じていると考えられます。
②物価高と年末家計の防衛意識 宿泊旅行は宿代・交通費・食費・土産など総額がふくらみやすい構造にあります。物価高が続く中、年末は家計支出が集中しやすい時期でもあり、宿泊を伴う旅行が見送られやすい環境にあったと考えられます。交通費・燃料費の上昇も、宿泊旅行の総額を押し上げる要因として作用していると見られます。
③混雑回避による行動変化 有名観光地への混雑・ストレスを回避し、近場・ピーク外・回遊型の旅行へとシフトする行動変化が広がっています。結果として「滞在」より「回遊」、「宿泊」より「日帰り」という選択が増えたと考えられます。日帰り単価が上昇している点は、体験・飲食などへの支出が増えていることを示唆しています。
宿泊単価の下落は、単純な値引き競争だけでなく、消費構成の変化によるものと考えられます。具体的には、泊数の短縮(複数泊から1泊へ)、部屋グレードの引き下げ、食事プランの外し、館内消費の抑制といった「旅行の圧縮」が複合的に単価を押し下げている可能性が高いです。この観点からは、価格を下げることより、「総額の見え方を整える」「1泊でも満足度の高い滞在を設計する」ことが有効な対応策として示唆されます。
Q4の減速は旅行者数ではなく単価の問題であることから、集客量の最大化よりも一人当たりの消費額をどう設計するかが、現時点での優先課題と考えられます。「誰を増やすか」より「誰の買い方を取りに行くか」を明確にすることが重要です。
値下げ競争に入るのではなく、宿泊の価格納得性を高める設計が求められます。食事・体験・送迎・滞在価値を束ね、追加課金への不安を軽減することで、総額の見え方を整えることが有効です。また、国内旅行者向けの販売枠や予約条件を最適化し、「取りづらさ」を解消することも離脱防止につながります。
日帰り需要が堅調である状況を「なんとなく取れている」で終わらせず、食・体験・職人・自然などのテーマと交通・導線を組み合わせた商品として設計することで、単価を確保できると考えられます。近距離化が進むほど、二次交通や回遊導線への投資の効果が高まります。
混雑対策を「制限」として捉えるのではなく、周辺エリア・別季節・別時間帯を「定番」として定着させる設計へと転換することが求められます。インバウンドと国内旅行者の共存についても、販売枠・混雑対策・情報設計のレベルで合意形成し、運用に落とし込むことが急務です。
国内観光市場は拡大しているが、消費行動は「選別」フェーズに入っている。
2025年通年は拡大基調を維持しているが、Q4の失速は市場縮小ではなく消費の「選別化」が始まったシグナルと捉えるべきです。
減速の主因は単価の低下であり、価格・商品設計に改善余地が大きい。
旅行者数はほぼ横ばいであり、一人当たりの価値設計を見直すことで消費額の回復が見込まれます。
日本人の宿泊の落ち込みと日帰りの堅調は、観光を計画する時の意思決定の摩擦と旅行の短距離化を示している。
価格・予約困難・混雑という摩擦を取り除くか、日帰りを収益商品として設計するか、いずれかの方向性を早期に選択する必要があります。
宿泊離脱の本当の要因は何か
「価格」「取りづらさ」「総額の見え方」のどこに最大の離脱点があるか、自社・自地域のデータで確認できているか。
日帰り需要を単価の取れる商品として設計するための、体験・飲食・交通の観光デザインは誰が担うべきか。自治体・DMO・事業者の役割分担を明確に。
インバウンドと国内旅行者の共存設計について、販売枠・混雑対策・情報提供の各レベルで、関係者間の合意形成と運用の仕組みが整っているか。
〈本レポートについて〉
本レポートは観光庁「旅行・観光消費動向調査」2025年10-12月期1次速報および2025年年間速報に基づき、観光デザイン研究所が独自に分析・考察したものです。数値は日本人国内旅行者を対象としており、訪日外国人は含みません。すべての数値は名目値であり、物価上昇を考慮した実質ベースでは伸びは小さくなる可能性があります。