

REPORT
〈分析レポート〉
*本レポートをスマートフォンで閲覧する場合、掲載するグラフや統計データが見づらい場合がありますので、ブラウザでPC版サイトの表示にしてください。
2024年、群馬県の観光入込客数は6,435万2,000人に達した(群馬県『令和6年観光入込客統計調査報告書』2025年3月)。首都圏からの近接性、全国有数の温泉地群、山岳と自然の多様さ。人を引きつける力において、群馬県に不足はない。
しかし本レポートの分析は、別の問いから始まる。
来訪者数の大きさと、地域経済への貢献は同義ではない。群馬県観光は、どこで「稼ぎ損ねて」いるのか。そして、その構造はいま変わり始めているのか。
群馬県の公表統計、観光庁データ、日本交通公社『旅行年報2025』、リクルートの調査データ、および県内自治体の観光戦略プランを横断的に分析し、群馬県観光の「量」と「質」の現在地を明らかにする。
群馬県観光を一つの数字で表すなら、6,435万2,000人という入込客数がまず目に入る。相当な規模の市場である。
ところが、もう一組の数字を並べると、景色が変わる。
2024年の宿泊旅行者の観光消費額単価は23,506円。日帰り旅行者は3,058円。差は約7.7倍(群馬県『令和6年観光入込客統計調査報告書』2025年3月)。
つまり群馬県観光は、「泊まってもらえた時に初めて大きく稼げる」構造にある。
2024年の延べ宿泊者数は975万1,210人泊(群馬県『令和6年観光入込客統計調査報告書』2025年3月)。6,435万人の入込規模に対して、宿泊を伴う来訪は限られている。日帰りで完結する来訪が中心であれば、交通費と一部の飲食費で滞在が終わる。宿泊が発生すれば、宿泊費に加えて夕食、朝食、土産、体験、二次交通と、複数の支出が重なる。この差が7.7倍という数字に表れている。
観光消費額の総額2,809億円(対前年比106.2%)は一定の規模を示すが、入込客数の大きさを考えれば、まだ「使われていない余白」が残っている。
ここで注目すべき変化がある。
2024年の宿泊消費単価23,506円は、2023年の21,045円から約11.7%上昇している(群馬県『令和5年観光入込客統計調査報告書』2024年3月)。消費額の総額も前年比で伸びた。これは、群馬県観光が「人数の積み増し」だけではなく、「一人当たり消費の改善」を伴う成長に動き始めている兆候といえる。
ただし、この変化を過大評価すべきではない。2023年データには統計定義の変更が含まれるため、前年比の精緻な比較には留保がつく。さらに、2025年の群馬県延べ宿泊者数は速報値で872万2,870人泊と、2024年実績(975万1,210人泊)を下回った(観光庁『宿泊旅行統計調査 2025年・年間値(速報値)』2026年2月)。単価改善の芽が出始めた一方で、市場は安定軌道に乗ったとはいえない。
それでも、方向性は見えている。群馬県観光の本質課題は「もっと人を呼ぶこと」ではない。すでに来ている6,435万人を、いかに泊め、回遊させ、消費につなげるか。ここに施策の重心を置くべき段階に入っている。
群馬県の旅行目的で最も多いのは「温泉に入ること」。その割合は41.9%にのぼる(日本交通公社『旅行年報2025』2025年10月)。草津、伊香保、水上、四万。全国屈指の温泉地を複数擁する群馬県にとって、これは自然な結果である。
しかし、データが語る群馬県の競争力は、温泉だけではない。
リクルートの調査によれば、群馬県は「ご当地ならではの体験・アクティビティ」の評価が52.8%で全国5位(リクルート『じゃらん観光国内宿泊旅行調査2024【都道府県魅力度ランキング】』2024年7月)。さらに、「スカイスポーツ+山遊び等」の実施率は5.3%で全国3位(リクルート『じゃらん宿泊旅行調査2023追加分析(アクティビティ)』2023年9月)。
これは、意外な数字ではないだろうか。
群馬県は一般に「温泉」「近場」「週末の小旅行」のイメージで語られやすい。受動的に休む場所。しかしデータが示しているのは、能動的に楽しむ滞在先としての評価の高さである。温泉だけではなく、自然の地形を活かした体験やアウトドアが、旅行者に選ばれている。
ここに、群馬県観光の隠れた差別化要因がある。
全国に温泉地は数多い。「温泉がある」こと自体は群馬県だけの優位にはなりにくい。しかし、温泉を起点に、山遊びや自然体験、地域ならではのアクティビティを重ねた複合的な滞在を設計できること。これは、群馬県ならではの構造的強みといえる。
この強みは、第1章で確認した「単価改善」の可能性と直結する。宿泊単価を引き上げるには、宿泊施設の価格を上げるだけでは足りない。旅行者が「追加で払いたくなる」体験を用意し、宿の外でも消費が生まれる構造をつくる。そのための資源を、群馬県はすでに持っている。
課題は、新たな魅力をゼロから創出することではない。既に存在する温泉需要と体験需要を、一つの滞在商品として編集し直すこと。ここに、群馬県観光の次の成長余地がある。
リクルートの調査では、群馬県の国内宿泊旅行費用は大人一人当たり一回総額で39,900円(リクルート『じゃらん観光国内宿泊旅行調査2025【旅行市場動向編】』2025年7月)。一定の支出意欲を持つ宿泊需要は存在する。問題は、その支出が県内のどこに、どのような形で落ちているか。温泉宿への宿泊費で大半が完結しているのか、それとも宿の外の体験や飲食にも広がっているのか。この内訳の解像度を上げることが、次の施策設計の起点になる。
ただし一点、留保を置く。温泉目的の旅行者と、体験・アクティビティを評価する旅行者が、同一のセグメントであるかは、今回のデータだけでは確認できない。「温泉×体験」の統合が市場として成立するか否かは、今後の検証テーマである。
群馬県には、魅力も需要もある。それにもかかわらず、来訪規模の大きさが地域内消費の大きさにそのまま結びついていない。その最大の要因は何か。
一つの構造的な背景がある。群馬県における広域移動の代表交通手段は自動車77.9%(群馬県『群馬県パーソントリップ調査分析』2017年10月)。これは2015〜2016年調査に基づくデータであり、直近の観光移動そのものを示すわけではない。それでも、群馬県が公共交通中心の回遊型観光地ではなく、自動車移動を前提とした県であることは、県内で観光に携わる人なら実感として分かるはずである。
自動車依存型の市場には、固有の課題がある。旅行者は目的地に直行し、短時間滞在し、次へ移動する。駅前の商店街を歩く、乗り換え待ちにカフェに寄るといった「偶発的な消費」が起きにくい。結果として、来訪があっても地域内の支出は伸びにくくなる。
この構造は、県内の地域差を見ると鮮明になる。
2022年の伊香保温泉の宿泊単価は28,000円で、2019年比3,000円の上昇が確認されている(観光庁『令和5年度観光白書(第I部)』2023年6月)。温泉宿泊が集積する伊香保では、滞在が消費に変わる構造が一定程度機能している。
一方、富岡市の妙義エリアでは、2018年度の客単価が883円にとどまる(富岡市『富岡市観光戦略プラン』2021年3月)。来訪者はいる。しかし、立寄りだけで終わり、消費がほとんど発生していない。
同じ群馬県内で、28,000円と883円。この差は、県内観光市場が決して均質ではないことを物語っている。
ここから見えるのは、群馬県内には少なくとも三つの市場類型が併存しているという構造である。
第一に、伊香保・草津のような高単価宿泊型エリア。宿泊が消費を生み、単価改善の余地も残る。第二に、妙義のような通過型・低単価エリア。資源はあるが、消費に変わる導線が細い。第三に、太田市(2022年観光入込数220万人、太田市『第3次太田市総合計画』2025年3月)のような都市近郊型エリア。観光の文脈自体が温泉地とは異なる。
群馬県の観光政策を県一律のメッセージで推進することには限界がある。高単価宿泊型にはさらなる連泊・体験付加、通過型には周遊導線と滞在時間の延伸、都市近郊型にはイベントや商業消費との接続。地域ごとに、ボトルネックも打ち手も違う。
2024年の群馬県における外国人延べ宿泊者数は43万2,480人泊(群馬県『令和6年観光入込客統計調査報告書』2025年3月)。延べ宿泊者数全体の975万1,210人泊に対して、約4.4%。群馬県の宿泊市場は、現在も国内客が基盤である。
この数字を「インバウンドが弱い」とだけ読むのは、一面的に過ぎる。
群馬県観光振興計画では、2027年目標の一つとして外国人旅行消費額単価78,000円を掲げている(群馬県『群馬県観光振興計画(令和6年度~令和9年度)概要版』2024年3月)。県がインバウンドに期待しているのは、大量集客ではない。温泉・自然・文化・食を組み合わせた高単価滞在市場の形成である。
この方向性は、群馬県の資源特性と整合する。第2章で確認した通り、群馬県の競争力は温泉と体験の複合にある。都市部のような量的競争に巻き込まれるより、少数でも深く滞在し、高い支出を伴う市場を育てる方が、群馬県には合っている。
ただし、ここで見落としてはならないのは、前章で指摘した「来訪を消費に変える仕組みの弱さ」が、外国人客にもそのまま当てはまるという点である。仮に外国人宿泊者が増えても、多言語で予約できる体験商品がない、周遊導線が不明、決済手段が整っていない状態では、消費額の最大化にはつながらない。
群馬県におけるインバウンド戦略の核心は、誘客そのものではなく、来訪後の消費設計をどこまで高密度化できるかにある。
もう一つ見落としてはならない視点がある。外国人宿泊比率が約4.4%にとどまっているということは、裏を返せば、群馬県観光の土台が国内市場にあり、インバウンド需給の変動に対して比較的安定しているということでもある。都市部の観光地のように、外国人客の増減に市場全体が振り回されるリスクは小さい。
この構造を前提にすれば、群馬県のインバウンド政策は明快に整理できる。国内客で土台を支え、その上にインバウンドを「高付加価値の追加層」として載せる。量の競争に巻き込まれず、温泉・自然・文化・食を束ねた高単価滞在をつくる。この役割分担こそが、群馬県の市場特性に合った戦略である。
群馬県観光振興計画は、2027年目標として延べ宿泊者数1,020万人泊、旅行消費額総額5,700億円を掲げている(群馬県『群馬県観光振興計画(令和6年度~令和9年度)概要版』2024年3月)。
2024年実績と並べると、二つの目標の性格の違いが浮かび上がる。
延べ宿泊者数は975万1,210人泊。目標まで残り約4.6%であり、距離は比較的小さい。しかし2025年速報値は872万人泊に減少しており(観光庁『宿泊旅行統計調査 2025年・年間値(速報値)』2026年2月)、自然増で届く軌道にはない。
より深刻なのは消費額である。2024年実績の2,809億円は、目標5,700億円の約49%。2,891億円のギャップが残っている。現状の実績は目標の半分に届いていない。宿泊者数が仮に目標に達しても、低単価のままでは消費額目標には遠く及ばない。
ここに、群馬県観光の政策課題の本質が凝縮されている。「何人来たか」ではなく、「来た人がどれだけ泊まり、どれだけ使い、どれだけ地域に価値を残したか」。問うべきはこちらの方である。
これからの重点投資
本レポートの分析を踏まえ、以下の方向性を提示する。
① 宿泊化・滞在化を軸にした指標の転換
入込客数を追うフェーズから、宿泊転換率・連泊率・体験実施率・滞在中の消費回数など「深さ」を測る指標へ。管理指標が変わらなければ、施策の方向も変わらない。
② 「温泉+体験」の商品再編集
温泉を起点に、地域ガイド、自然体験、食、朝夕の短時間アクティビティを束ねた滞在商品を造成する。宿の外で消費が生まれる構造を意図的につくることが、地域全体の消費額を押し上げる。
③ 地域別の成長モデルの明確化
高単価宿泊型(伊香保・草津等)にはさらなる連泊化と単価向上を。通過型低単価エリアには周遊導線と予約型体験の整備を。都市近郊型にはイベント・商業消費との接続を。県一律の施策では、地域ごとの課題に届かない。
④ ドライブ観光を前提にした消費導線の再設計
自動車依存は所与の条件として受け入れ、その中で消費機会を最大化する。駐車を起点にした回遊設計、テーマ型ドライブルートの造成、立寄りたくなる短時間体験の配置、移動中に予約・決済できる仕組みの整備が具体策になる。
⑤ インバウンドの高付加価値市場化
人数の拡大より、一人当たり消費額の深掘りを。多言語で予約可能な体験商品、温泉×自然×食の組み合わせによる高単価パッケージの開発が先行課題になる。
群馬県観光の課題は、人が足りないことではない。
来ている人を、十分に泊め、十分に回遊させ、十分に使ってもらう構造がまだ弱いこと。ここに、最大の伸びしろがある。
あなたの地域では、来訪者の何割が宿泊に転換しているか。日帰り客が立ち寄る先に、消費の導線は設計されているか。温泉の外に、旅行者が追加で支払いたくなる体験は用意されているか。
群馬県観光の次のフェーズは、「集客競争」ではなく、「滞在価値の設計」にある。
〈本レポートの参考資料〉
群馬県『令和6年(2024年)観光入込客統計調査報告書』2025年3月
群馬県『令和5年(2023年)観光入込客統計調査報告書』2024年3月
群馬県『群馬県観光振興計画(令和6年度~令和9年度)概要版』2024年3月
群馬県『群馬県パーソントリップ調査分析』2017年10月
観光庁『宿泊旅行統計調査(2025年・年間値(速報値))』2026年2月
観光庁『令和5年度観光白書(第I部)』2023年6月
日本交通公社『旅行年報2025』2025年10月
リクルート『じゃらん観光国内宿泊旅行調査2024【都道府県魅力度ランキング】』2024年7月
リクルート『じゃらん宿泊旅行調査2023追加分析(アクティビティ)』2023年9月
リクルート『じゃらん観光国内宿泊旅行調査2025【旅行市場動向編】』2025年7月
富岡市『富岡市観光戦略プラン』2021年3月
太田市『第3次太田市総合計画』2025年3月
沼田市『沼田市観光基本計画 改訂版』2023年3月