REPORT 

〈分析レポート〉

観光エリア別構造分析レポート 都道府県ver.:静岡県版

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静岡県の観光市場は「量の大国」のままでいられるか

静岡県の観光は、いま転換点にある。

交流客数1億4,034万人。宿泊客数1,950万人。県内旅行消費額8,359億円。

数字の上では、コロナ禍前を明確に超えた。

しかし、その中身を分解すると、見える景色が変わる。

交流客数の伸びは鈍化し、宿泊市場では旅館とビジネスホテルの明暗がくっきりと分かれた。インバウンドは全国が過去最高を更新する中、静岡県だけが東海4県で唯一の「両方マイナス」。日本人の宿泊は約105万人泊の減少に転じている。

静岡県観光がこれから問われるのは、「もっと人を集めること」ではない。

どのエリアで、どの需要を、どの業態で受け止め、どのように滞在と消費に転換するか。

その構造を読み解くために、本レポートでは5つの視点から分析を行った。


【分析の前提】

本レポートで使用する主なデータの出典は以下の通りです。

・静岡県スポーツ・文化観光部観光政策課「R6年度観光交流の動向」(2025年10月公表)

・静岡県「令和6年度静岡県における観光の流動実態と満足度調査」(2025年10月公表)

・観光庁「宿泊旅行統計調査」2023年確定値・2024年確定値・2025年速報値

・日本政策投資銀行「東海地域を訪問する外国人観光客の消費行動等に関する分析・提言」(2025年5月公表)

上記のほか、静岡県観光基本計画、熱海市観光基本計画、じゃらんリサーチセンターのエリアクラスター分析等を参照しています。各数値の出典は本文中に明記します。比較基準は原則として2019年度(コロナ禍前)を用い、すべての数値は名目値です。


第1章 交流客数1億4,000万人の「天井」

静岡県 県内旅行消費額と宿泊客数の推移

出典:静岡県「R6年度観光交流の動向」(2025年10月)、静岡県「観光基本計画(2022-2025年度)」

静岡県の観光交流客数は、2024年度に約1億4,034万人を記録した。宿泊客数は約1,950万人、県内旅行消費額は8,359億円(出典:静岡県「R6年度観光交流の動向」、2025年10月)。2019年度の消費額7,057億円を大きく上回り、市場規模としてはコロナ禍前を超えた水準にある(出典:静岡県「観光基本計画(2022-2025年度)」、2022年3月)。

だが、伸びの内訳に目を向けると、潮目の変化が見える。

2023年度から2024年度にかけて、観光交流客数の増加は約73万人にとどまった。観光レクリエーション客数はほぼ横ばい。一方で宿泊客数は約83万人増と伸びている(出典:静岡県「R6年度観光交流の動向」、2025年10月)。「来る人の数」が頭打ちに近づく一方で、「泊まる人の数」はなお増えている。市場の重心が、交流量から滞在へ移りつつある。

旅行客1人当たり消費支出額の内訳(円)

宿泊費が最大、飲食費・入場料には伸びしろ

出典:静岡県「令和5年度・令和6年度 観光の流動実態と満足度調査」

消費の中身にも変化がある。旅行客1人当たりの消費支出額は、2022年度19,610円から2023年度22,529円へ上昇し、2024年度も22,332円を維持した(出典:静岡県「令和5年度・令和6年度 観光の流動実態と満足度調査」)。

2024年度の内訳を見ると、宿泊費8,316円が最大。次いで交通費5,493円、土産品・買い物代4,349円、飲食費3,181円、入場料・施設利用料838円と続く(出典:同前、令和6年度調査)。宿泊費への依存度が高く、飲食や体験での「域内二次消費」にはまだ伸びしろが大きい。

温泉、景観、食、自然体験と多彩な観光資源を持ちながら、飲食3,181円、入場料838円にとどまっている現状は、資源の潜在力を消費に変換しきれていないことを示している。

静岡県観光は、量の拡大を追う段階から、滞在と消費の設計力で勝負する段階へ入った。


第2章 ビジネスホテルが最大市場という現実

静岡県 施設タイプ別 客室稼働率(%)

ビジネスホテル72.7%に対し、旅館は42.2%

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2024年確定値・2025年速報値

静岡県の宿泊市場は拡大している。しかし「どの施設も均等に伸びている」わけではない。

2025年の施設タイプ別客室稼働率は、ビジネスホテル72.7%、シティホテル67.9%に対し、旅館42.2%(出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年速報値)。2024年もビジネスホテル71.6%、シティホテル68.1%、旅館40.9%と同様の構図だった(出典:同、2024年確定値)。

静岡県の観光イメージといえば、熱海・伊東・伊豆の温泉旅館を思い浮かべる人が多い。しかし県全体の宿泊市場で最も高い稼働率を示しているのはビジネスホテルだ。静岡県の宿泊市場は「温泉・観光地型」だけで成り立っているのではなく、都市滞在、業務利用、広域移動の中継拠点としての機能が大きな比重を占めている。

静岡県 日本人・外国人 延べ宿泊者数の推移(万人泊)

日本人は減少に転じ、外国人が下支えする構図

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2023年確定値・2024年確定値・2025年速報値

もう一つ見逃せない変化がある。日本人と外国人の宿泊が逆方向に動いていることだ。

2024年の日本人延べ宿泊者数は約2,111万人泊。2025年はこれが約2,006万人泊へと約105万人泊減少した。同じ期間に、外国人は約189万人泊から約218万人泊へ増加している(出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2024年確定値、2025年速報値)。

日本人宿泊の5%減は、現場の肌感覚とも重なるはずだ。この減少が宿泊価格の上昇によるものか、インバウンド増加に伴う予約困難化か、あるいは競合県への流出か。要因の切り分けは今後の最重要課題の一つになる。

静岡県の宿泊市場は、拡大ではなく再編の渦中にある。高稼働のビジネスホテルと苦戦する旅館。増えるインバウンドと減る日本人。この二つの構造変化を同時に見据えなければ、実態を見誤る。


第3章 インバウンドの「独り負け」が意味すること

全国の訪日外国人観光客数は、2024年に3,101万人に達した。2019年比25.9%増。過去最高の更新である(出典:観光庁「インバウンド消費動向調査」、JNTO「訪日外客統計」より日本政策投資銀行作成、2025年5月)。

この数字だけを見れば、インバウンドは力強く回復したと読める。

だが、静岡県の現実はまったく異なる。

東海4県 インバウンド動向比較(2019年→2024年 変化率)

静岡県だけが「観光客数」「宿泊者数」ともにマイナス

出典:日本政策投資銀行「東海地域を訪問する外国人観光客の消費行動等に関する分析・提言」(2025年5月)

日本政策投資銀行の分析によれば、東海4県のインバウンド動向は県ごとに明確に分かれた(出典:日本政策投資銀行「東海地域を訪問する外国人観光客の消費行動等に関する分析・提言」、2025年5月)。愛知県は宿泊者数が増加。岐阜県は観光客数・宿泊者数ともに伸びた。三重県は観光客数が回復している。

静岡県だけが、外国人観光客数と延べ宿泊者数の両方で2019年を下回った

静岡県の外国人観光客数は2019年の136.6万人から2024年の107.0万人へ、21.7%の減少(出典:同前)。全国が25.9%伸びた同じ期間に、静岡県だけが2割以上縮んでいる。

中国依存の構造が崩れた

東海4県 外国人観光客の国籍構成の変化(%)

中国が56.1%→24.4%へ急落、多国籍化が進行

出典:日本政策投資銀行「東海地域を訪問する外国人観光客の消費行動等に関する分析・提言」(2025年5月)

最大の要因は、中国市場の急落にある。2019年、東海4県を訪れた外国人観光客の56.1%は中国からの旅行者だった。全国平均の32.8%を大きく上回る偏りである(出典:同前)。富士山を核とする観光資源の特性上、静岡県の中国市場への依存度はとりわけ高かった。

2024年、東海4県の中国構成比は24.4%へ低下。代わりに台湾21.8%、韓国7.9%、欧米豪15.9%が存在感を高めた(出典:同前)。全国では韓国がシェア首位に躍り出て、市場の多国籍化が進んだ結果、総数で過去最高を更新できた。静岡県は、中国の穴を他の市場で埋めきれていない。

泊数と単価は伸びている

一方で、宿泊統計は別の変化を映し出している。静岡県の外国人延べ宿泊者数は2023年約105万人泊、2024年約189万人泊、2025年(速報値)約218万人泊と着実に増加した(出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」各年)。来訪者が減っても宿泊が伸びたのは、1人あたりの平均泊数が1.3日から1.5日へ伸びたためだ(出典:日本政策投資銀行、同前)。

消費単価も上昇している。宿泊費21,586円→33,409円、飲食費7,019円→12,049円、買物代18,610円→28,531円(いずれも2019年→2024年、出典:同前)。

しかし、ここで一つの数字を確認しておきたい。

静岡県インバウンド「消費の薄さ」

宿泊シェア1.2%に対し、消費シェアはわずか0.7%

出典:日本政策投資銀行(2025年5月)、観光庁「宿泊旅行統計調査」「インバウンド消費動向調査」2024年

2024年の静岡県の外国人延べ宿泊者数は全国シェア1.2%。これに対し、訪日外国人旅行消費額は464.8億円で全国シェアわずか0.7%にとどまる(出典:同前。観光庁「宿泊旅行統計調査」「インバウンド消費動向調査」より作成)。宿泊シェアの6割にも満たない消費シェア。静岡県を訪れるインバウンド客の1人あたり消費額が、全国平均を大幅に下回っていることを意味する。

消費単価が伸びても、全国との差は縮まっていない。この「消費の薄さ」こそが、静岡県インバウンドの最も本質的な課題である。


第4章 一枚岩ではない静岡県観光

静岡県は東西に約155kmの県域を持つ。観光市場もまた、一つの論理では動いていない。

じゃらんリサーチセンターのエリアクラスター分析(出典:じゃらんリサーチセンター「じゃら宿エリアクラスター分析」じゃらん観光宿泊旅行調査2024、2025より)によれば、県内の主要エリアは以下のように分類されている。

熱海・伊東・中伊豆は「温泉突出」型。伊豆高原・東伊豆・下田・南伊豆・西伊豆は、2023年度の「温泉突出」から2024年度には「温泉+テーマパーク」へ変化した。御殿場・富士は「従来観光」から「自然+アウトドア」へ移行。静岡・清水は「名所・まちあるき」から「従来観光」へシフトしている。

熱海:平日を含む高密度の宿泊拠点

熱海市の宿泊客数は2024年度に約307万人(出典:熱海市「熱海市観光基本計画2026-2030」)。1日平均宿泊客数は休前日10,643人、平日6,849人(出典:熱海市「第3回観光戦略会議 議事録」)。温泉観光地でありながら平日稼働も確保している県内最大の宿泊拠点だ。

中部地域:見過ごされている経済基盤

中部地域(するが企画観光局管轄)の旅行消費額は2024年度に1,804億円、延べ宿泊者数は307万人に達している(出典:するが企画観光局「するが観光レポート」、2025年12月)。第2章でビジネスホテルの稼働率が最も高かったのは、この都市型需要の大きさと表裏一体だ。県全体を伊豆偏重で理解すると、都市圏観光の厚みを見落とす。

浜松・浜名湖:これからの市場

浜松・浜名湖エリアは、温泉型でも富士山型でもない独自の位置にある。浜松・浜名湖ツーリズムビューローは「海の湖観光戦略2024-2028」の中で、ガストロノミーツーリズム、サイクルツーリズム、インバウンドを柱とした中期戦略を掲げている(出典:浜松・浜名湖ツーリズムビューロー「海の湖観光戦略2024-2028」)。「生活文化×アクティビティ」という軸で市場を拓こうとしている段階だ。

静岡県観光の強みは、一つの資源に集中していないことそのものにある。温泉滞在、自然体験、都市回遊、広域レジャー。異なる市場ロジックを持つ複数のエリアが並立している。この多核性を活かすには、県全体を一つの観光像でまとめるのではなく、エリアごとに異なるKPIと商品設計を持つ方が合理的だ。


第5章 静岡県観光の次の打ち手

静岡県の観光市場は、交流量では国内有数の規模を持ちながら、インバウンドでは東海4県で唯一の「両方マイナス」、日本人宿泊は減少に転じ、消費構造は宿泊費に偏っている。

この構造変化から導かれる優先課題は5つある。

エリアごとにKPIを分ける

伊豆・熱海では宿泊単価と平日稼働率。富士山麓では体験商品の販売件数と平均滞在日数。都市部では宿泊から域内回遊への転換率。浜松・浜名湖ではガストロノミーやアクティビティの消費額。県全体の平均値を追うのではなく、エリアごとに「勝ち筋」を定義する。

旅館と都市ホテル、それぞれの処方箋

稼働率42.2%の旅館に対しては、値下げではなく「選ばれる理由の再構築」を。平日需要の創出、食・体験との一体化、連泊対応、海外市場向け販売設計。稼働率70%超のビジネスホテル・シティホテルに対しては、高稼働を地域消費にどう接続するか——飲食、ナイトタイム、周遊プログラムとの連携が論点になる。

「中国以外」のインバウンドを設計する

中国からの団体旅行の完全回復を前提にした計画は、リスクが高い。台湾、韓国、東南アジア、欧米豪に対して、それぞれ異なる商品を設計する。同時に、宿泊シェア1.2%に対し消費シェア0.7%という「消費の薄さ」を解消するために、通過型から滞在型への転換と、域内消費機会の設計を同時に進める。

日本人宿泊の減少に向き合う

2024年→2025年の日本人延べ宿泊者数は約105万人泊減少している。インバウンドの伸びで相殺されているように見えるが、県内の事業者にとって国内客の動向は経営に直結する変数だ。減少の要因が何かを見極め、対応の優先順位を定めることが急務になる。

「泊まった後に使う場所」をつくる

飲食費3,181円、入場料838円という水準は、静岡県の観光資源の多彩さに対して明らかに小さい。夜間消費、着地型体験、地域食材を活かした高単価飲食、周遊型の物販導線。宿泊「以外」の支出機会を意図的に設計することが、市場全体の厚みを増す道になる。


分析を踏まえた所感

静岡県観光は、すでに大規模市場としての基盤を持っている。

今後問われるのは、さらに人を集めることではない。

どのエリアで、どの需要を、どの業態で受け止め、どう滞在と消費に変えるか。

その設計力こそが、静岡県観光の次の競争力を決める。


〈本レポートの参考資料〉

静岡県スポーツ・文化観光部観光政策課「R6年度観光交流の動向」(2025年10月)

静岡県スポーツ・文化観光部「令和6年度『静岡県観光基本計画』の実施状況報告書(2025年6月)

静岡県スポーツ・文化観光部観光交流局「静岡県観光基本計画(2022-2025年度)」(2022年3月)

静岡県スポーツ・文化観光部観光政策課「令和6年度静岡県における観光の流動実態と満足度調査」(2025年10月)

静岡県スポーツ・文化観光部観光交流局観光政策課「令和5年度静岡県における観光の流動実態と満足度調査」(2024年9月)

観光庁「宿泊旅行統計調査」2023年確定値、2024年確定値、2025年速報値

観光庁「インバウンド消費動向調査」2024年(2025年3月)

日本政策投資銀行「東海地域を訪問する外国人観光客の消費行動等に関する分析・提言」(2025年5月)

じゃらんリサーチセンター「じゃら宿エリアクラスター分析」*じゃらん観光宿泊旅行調査2024、2025より

熱海市「熱海市観光基本計画2026-2030(全体版)」(2026年3月)

熱海市「令和7年度 第3回熱海市観光戦略会議 議事録」(2025年12月)

静岡市「静岡市観光基本計画」(2024年12月)

公益財団法人するが企画観光局「するが観光レポート」(2025年12月)

浜松・浜名湖ツーリズムビューロー「海の湖観光戦略2024-2028」(2023年12月)