REPORT 

〈分析レポート〉

観光エリア別構造分析レポート 都道府県ver.:千葉県版

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玄関口から目的地へ

インバウンド・消費構造・DMO再編が問いかける千葉県観光の転換点

千葉県の観光消費額が過去最高を更新した——そう聞いて、素直に喜べるだろうか。

令和6年(2024年)の千葉県観光消費額は約2兆1,355億円。統計開始以来の最高額であり、数字だけを見れば千葉県の観光は空前の活況にある。

浦安市に立地する東京ディズニーリゾート(TDR)は、年間2,756万人が訪れる世界屈指のテーマパークであり、ゲスト1人当たり売上高は2024年度に17,833円と4年間で31%上昇した。TDRを含む千葉全体の消費統計と、TDRを除いた在来観光の実態は、本来まったく異なる物語を語っている。

成田空港の機能強化、インバウンドの個人化、DMO再編——千葉県の観光市場は今まさに転換点を迎えている。その転換を、消費の「量」から「質」へ、TDRへの「依存」から在来観光の「自立」へ、「玄関口」から「目的地」へと導くために何が必要か。本レポートがその議論の出発点となれば幸いである。


エグゼクティブサマリー

【本レポートで明らかにしたこと】

第一に、千葉県の観光消費額「過去最高」の実態は、TDRの単価上昇・入園者回復と訪日インバウンドの消費増に大きく依存しており、在来観光の自立的な成長を示すものではない。分析にあたっては「TDRを含む千葉全体(軸①)」と「TDRを除く在来観光(軸②)」の二軸を常に意識することが不可欠である。

第二に、成田空港という国際玄関口を持ちながら、千葉県の外国人宿泊者数は2024年1〜8月時点でコロナ前比マイナス9.8%と周辺都県に大きく遅れをとっている。インバウンドの「素通り」構造は深刻であり、中国人団体旅行の構造的縮小がこの課題を一層鮮明にしている。

第三に、観光消費は「宿泊比率72.9%・日帰り比率27.1%」へと急速にシフトし、消費単価の上昇が消費総額を底上げしている。訪日外国人1人当たりの宿泊消費単価は137,985円と国内旅行者の約3倍に達しており、インバウンドを在来観光地に「泊まらせる」仕組みの整備が最大のレバレッジポイントとなる。

第四に、鴨川・銚子・いすみ・大多喜・市原など在来観光地では、それぞれのDMOが体験型コンテンツの造成・二次交通の整備・インバウンド対応を進めているが、財源・人材・データの三つの構造課題が依然として未解決のまま残っている。「発酵文化」を軸とした横断的な観光テーマの構築は、地域資源を一本の物語でつなぐ有力な戦略となりうる。

第五に、成田空港の発着回数が2040年に50万回へ倍増した場合、千葉県への経済波及効果は年間4.0兆円に達する見込みだが、受け入れ体制が整わなければ「素通りの加速」というリスクにもなりかねない。空港拡張という追い風を在来観光の活性化につなげるかどうかは、今後10〜15年の戦略的行動にかかっている。

【本レポートから見る四つの提言】

提言① 観光統計の「二軸化」

TDRを含む指標と除く指標を並列管理し、在来観光の実力を可視化する。

提言② インバウンドの「量から質へ」

個人旅行者向け体験コンテンツを戦略的に整備し、訪日外国人の高い消費ポテンシャルをTDR以外の千葉で引き出す。

提言③ 二次交通の抜本的整備

ライドシェア・デマンド交通の観光活用を促進し、在来観光地の「行きにくさ」という物理的障壁を解消する。

提言④ DMOの「自走化」

財源・人材・データの三条件を満たすDMOを育て、補助依存からの脱却を加速する。


第1章 数字の中に隠れた構造

「千葉県の観光好調」は何が好調なのか

千葉県の観光消費額は過去最高を記録した。しかしその好調は、千葉県全体の観光が底上げされたことを意味するのか。それとも、一つの巨大施設の動向が県全体の数字を塗り替えているのか。

千葉県観光消費額の推移

千葉県観光消費額の推移

令和元年〜令和6年(2019〜2024年)

令和6年:約2兆1,355億円(統計開始以来 過去最高)

出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和5年・令和6年観光客の入込動向について(確定値)」各年公表

コロナ禍からの回復が進んだ2023〜2024年、千葉県の観光関連指標はいずれも過去最高水準を更新した。令和5年(2023年)の観光消費額は約1兆8,053億円(対前年比120.8%)、令和6年(2024年)にはさらに約2兆1,355億円(対前年比118.3%)に達し、いずれも統計開始(平成22年)以来の最高額を記録した(出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和5年・令和6年観光客の入込動向について(確定値)」、各年公表)。

こうした数字だけを見れば、千葉県の観光は空前の活況にある。だが、ここで立ち止まって問い直す必要がある。この「好調」は、いったい誰の、どこの好調なのか。

TDRという「県内最大の変数」

千葉県の観光統計を読み解く上で不可欠な前提がある。それは、浦安市に立地する東京ディズニーリゾート(TDR)の存在だ。TDRを運営する株式会社オリエンタルランドの統合報告書によれば、TDRの年間入園者数はコロナ禍の2020年度に756万人まで落ち込んだ後、2022年度に2,209万人、2023年度に2,751万人、2024年度には2,756万人へと急回復した。同時に、ゲスト1人当たり売上高も2020年度の13,642円から2024年度には17,833円へと4年間で約31%上昇している(出典:株式会社オリエンタルランド「統合報告書2025」、2025年10月公表)。

図表2 TDR入園者数とゲスト1人当たり売上高の推移

TDR入園者数とゲスト1人当たり売上高の推移

2020〜2024年度(東京ディズニーランド・東京ディズニーシー合計)

出典:株式会社オリエンタルランド「統合報告書2025」2025年10月公表

この単価上昇は、変動価格制チケットの導入やプレミアアクセス等の付加サービスによるものであり、来園者数の回復と単価上昇が同時進行したことで、TDRの売上・消費規模は極めて急速に拡大した。TDRの年間入園者数2,756万人に同社の1人当たり売上高17,833円を乗じると、売上規模は約4,900億円に上る計算となる。これは千葉県全体の観光消費額(約2兆1,355億円)のおよそ23%前後に相当する可能性がある。さらにTDR周辺の宿泊・飲食・交通等への波及を加えれば、TDR関連消費が県全体の観光統計に与えるインパクトは計り知れない。

(なお、千葉県の公式統計ではTDRを含む・除くの別建て集計は行われていないため、以降に登場するTDR除きの試算はすべて本レポートによる推計値であり、公式統計として存在するものではない点を明記しておく。)

二軸で見るべき理由

このことは、千葉県の観光市場の「構造変化」を正確に読み解くには、次の二つの軸を常に意識する必要があることを示している。

軸①「千葉全体」——TDRを含む県全体の観光規模・経済的インパクトを測る軸。県の経済力・雇用・税収という観点では、TDRの存在は紛れもなくプラスの要素である。

軸②「在来型千葉観光」——TDRを除いた千葉固有の観光資源(海・農・里山・歴史・食・文化等)への需要の実態を測る軸。地域の観光振興施策・DMOの活動・地域事業者の経営を評価する際に本来必要となる軸である。

千葉県の観光政策や地域DMOが「自分たちの努力の成果」を評価しようとするとき、参照すべきは軸②である。軸①の好調がそのまま「地域観光の実力向上」を意味するわけではない。むしろ、軸①と軸②の乖離が大きければ大きいほど、TDRへの依存構造が深まっていることを示す。


第2章 インバウンドは「千葉」に来ているのか

訪日客の流れと素通り構造

インバウンド旅行者の増加は千葉県に恩恵をもたらしているのか。そして、その恩恵はTDRに集中しているのか、県内の在来観光地へも広がっているのか。

図表3 千葉県インバウンド宿泊者数の回復状況比較

千葉県インバウンド宿泊者数の回復状況比較

2024年1〜8月累計(2019年同期比)

千葉県のみ前年割れ(▲9.8%)——周辺都県が大幅増の中で際立つ遅れ

出典:ちばぎん総合研究所「ちば経済トレンド12月号」2024年12月公表/観光庁「宿泊旅行統計調査」

訪日外国人旅行者数はコロナ禍後に急速に回復し、2024年には年間約3,688万人(出典:日本政府観光局「訪日外客統計」)に達し、過去最高を更新した。成田国際空港を国際的な玄関口に持つ千葉県にとって、このインバウンド急回復は追い風のはずだ。そして実際、令和6年の千葉県における外国人宿泊客数は約4,408千人泊(対前年比136.9%)に達し、急増している(出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和6年千葉県観光入込調査報告書」、2025年公表)。

しかし、ここでも「軸①全体」と「軸②在来観光」の峻別が必要になる。

TDRが取り込むインバウンド

TDRの統合報告書によれば、海外ゲスト数は2022年度の93万人から2023年度349万人、2024年度には421万人へと急増し、入園者全体に占める海外ゲスト比率は2024年度に15.3%に達した(出典:株式会社オリエンタルランド「統合報告書2025」、2025年10月公表)。TDRへの年間入園者2,756万人のうち421万人が海外ゲストであるという事実は、千葉県に訪れるインバウンドの相当部分がTDRを目的地としていることを意味している。

図表7 TDR海外ゲスト数と海外ゲスト比率の推移

TDR海外ゲスト数と海外ゲスト比率の推移

2020〜2024年度

海外ゲスト数は2024年度に421万人・全体の15.3%へ急増——千葉インバウンドの「実態」を示す

出典:株式会社オリエンタルランド「統合報告書2025」2025年10月公表

この421万人は、千葉県全体の外国人宿泊客数(約440万人泊)とほぼ同規模である。もちろん入園者数と宿泊客数は定義が異なるため単純比較はできないが、インバウンドの動向を論じる際に「TDR向けのインバウンド」と「在来観光地向けのインバウンド」を区別しなければ、実態を誤認する危険がある。

「素通り」という構造的課題

一方、成田空港という国際玄関口を持ちながら、千葉県内に宿泊せずに東京等へ向かう訪日客が多いという「素通り構造」が指摘されている。ちばぎん総合研究所の分析によれば、成田空港の利用者規模に比して県内でのインバウンド宿泊数が著しく少なく、千葉は「通過県」としての性格が強い(出典:ちばぎん総合研究所「ちば経済トレンド12月号」、2024年12月公表)。

さらに2024年においては、かつてインバウンドの主力だった中国人旅行者の千葉県内への回帰が限定的であることも同資料は指摘する。コロナ前に中国人団体旅行が牽引していた特定の観光需要は、アフターコロナにおいて構造が変化しており、単純に回復しているわけではない。

インバウンドの「質的変化」という好機

ただし、インバウンドの変化はリスクだけではない。訪日外国人旅行者の消費単価は国内旅行者を大きく上回っており、令和6年の観光消費額単価データでは訪日外国人・観光目的の宿泊消費単価が日本人観光目的(県外)の39,427円を大幅に上回る52,415円に達している(出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和6年千葉県観光入込調査報告書」、2025年公表)。

訪日客を「TDRへの通過点」で終わらせず、千葉の在来観光地で一泊・消費させる仕組みが整えば、その経済効果は極めて大きい。成田空港とTDRという二つの巨大インフラの間にありながら、在来観光地のインバウンド獲得率が低いことは、裏返せば伸びしろの大きさを示している。これは危機であると同時に、千葉の在来観光が挑むべき最大の好機でもある。


第3章 千葉県の消費構造の解剖

年間観光消費額「2兆円」の中身を問う

令和6年に過去最高を記録した約2兆1,355億円の観光消費額は、誰が、何に、どれだけ使った結果なのか。そして、その消費はTDRと在来観光でどのように異なる構造を持っているのか。

千葉県の観光消費額は令和6年(2024年)に約2兆1,355億円に達した。前年比118.3%という伸び率は、単純な「来客増」では説明しきれない。入込客数(延べ人数)の伸びが前年比3.9%増にとどまっているのに対し、消費額が18.3%増という非対称な伸びは、観光消費の構造そのものが変化していることを示している(出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和6年観光客の入込動向について(確定値)」、2026年3月公表)。

最大の変化:宿泊消費が日帰り消費を逆転

費目別の内訳に目を転じると、令和6年の観光消費額のうち宿泊客による消費が約1兆5,574億円(構成比72.9%)を占め、日帰り客の約5,781億円(同27.1%)を大きく上回った。令和5年の宿泊比率56.7%・日帰り比率43.3%からわずか1年で構成比が大きく逆転しており、「日帰り観光県」から「宿泊消費型」へのモードシフトが急速に進んでいることがわかる(出典:同上)。

図表4 観光消費額の費目別構成比の変化

観光消費額の費目別構成比の変化

令和5年→令和6年(宿泊客・日帰り客別構成比)

わずか1年で宿泊比率が56.7%→72.9%へ急上昇

出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和5年・令和6年観光客の入込動向について(確定値)」各年公表

この変化の背景には、①宿泊料等の単価上昇、②高消費単価のインバウンド宿泊客の増加、③コロナ後の消費マインドの回復という三つの要因が複合的に作用している。注目すべきは、入込実人数で見ると令和6年の総数は令和5年比68.4%(80,808千人)と実は減少しているにもかかわらず、消費額は増加している点だ。これは「来た人数が減っても、1人当たり消費額が増えた」ことを意味し、消費単価の上昇が消費総額を底上げしたことを如実に示している。

消費単価の格差:訪日外国人の突出

消費単価の属性別データを見ると、その差は歴然とする。令和6年の訪日外国人・観光目的の宿泊消費単価は137,985円/人回であり、日本人・観光目的(県外)の宿泊消費単価45,871円の約3倍に達する(出典:同上)。インバウンド宿泊客が1人増えることの消費効果は、国内宿泊客の3人分に相当するという計算になる。

図表5 属性別 観光消費単価の比較(宿泊)

属性別 観光消費単価の比較(宿泊)

令和6年(2024年)/1人回あたり

訪日外国人の消費単価は日本人(県外)の約3倍——最大のレバレッジポイント

出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和6年千葉県観光入込調査報告書」2025年公表

県内全体でのインバウンド宿泊客数はまだ限定的であるが、その1人当たりの消費インパクトは国内旅行者と比較して圧倒的に大きい。在来観光地がインバウンドを一人でも多く取り込むことができれば、収益構造は劇的に改善し得る。これは在来観光にとって最大の「レバレッジポイント」である。

軸①vs軸②:消費構造のギャップ

TDRの消費構造は在来観光とは根本的に異なる。ゲスト1人当たり売上高17,833円(2024年度)の内訳を見ると、アトラクション・ショー収入(チケット含む)が約9,386円と全体の約53%を占め、次いで商品販売5,084円(約28%)、飲食3,362円(約19%)という構成になっている(出典:株式会社オリエンタルランド「統合報告書2025」、2025年10月公表)。つまりTDRにおける消費の過半は「入場料・アトラクション」という施設内完結型の消費であり、地域の宿泊施設・飲食店・小売業への波及は構造的に限定される。

これに対し、在来型の千葉観光における消費は、宿泊・飲食・地場産品購入・体験など地域経済に直接接続する費目が中心となる。同じ1人当たり消費であっても、その地域への経済的波及効果の質が根本的に異なるのである。

図表6 TDR消費と在来観光消費の構造比較(二軸分析)

TDR消費と在来観光消費の構造比較(二軸分析)

本レポートの分析フレーム:軸①千葉全体 vs 軸②在来観光

軸① 千葉全体(TDR含む) 軸② 在来観光(TDR除く)
主な用途 県全体の経済規模・雇用・税収の評価 地域振興施策・DMO活動・事業者経営の評価
消費の性格 施設内完結型
(入場料・グッズ・飲食がTDR内で循環)
地域波及型
(宿泊・飲食・体験・地場産品購入が地域に分散)
代表的指標 観光消費額 約2兆1,355億円(令和6年) 在来観光地の宿泊者数・消費額・回遊率(推計値)
インバウンド TDRへの海外ゲスト421万人(2024年度)が統計を押し上げ 外国人延べ宿泊者数 2019年比▲9.8%
——改善余地が大きい
政策上の課題 TDR依存構造の固定化リスク 二次交通・コンテンツ・DMO機能の底上げが急務

出典:株式会社オリエンタルランド「統合報告書2025」、千葉県商工労働部観光政策課「令和6年千葉県観光入込調査報告書」等をもとに本レポート作成

「観光消費額2兆1,355億円」という数字が示す経済インパクトの総量は確かに大きい。しかしその消費の多くがTDR内部で完結しているとすれば、地域の宿泊業者・飲食事業者・DMOにとっての「取り分」は、マクロ統計が示すほど豊かではない可能性がある。消費額の「量」ではなく、地域経済への「波及の質」を問い直すことが、千葉の在来観光が次の戦略を立てるための出発点となる。


第4章 地域の実力

在来観光の地図を描く

TDRという巨大な磁場の外側に広がる千葉県の在来観光は、いまどこにいるのか。地域ごとの資源・取り組み・課題を重ね合わせると、どのような「地図」が見えてくるのか。

千葉県は南北約150kmにわたって多様な自然・文化・産業が連なる。北部ベイエリアの都市型観光から、九十九里の海岸観光、南房総の農漁業体験、そして内陸の里山・発酵文化まで、その資源の幅は他の都道府県に引けを取らない。しかし前章で見た通り、消費の多くがTDRに集中し、在来観光地への経済波及が限定的であるとすれば、この豊かな資源は「潜在力」にとどまったままだ。この章では、地域別のDMOの取り組みや観光振興計画を参照しながら、在来観光の現在地を描き出す。

地域ごとの資源と戦略の多様性

鴨川市では、鴨川観光プラットフォーム株式会社がDMOとして機能し、宿泊・観光施設の高付加価値化事業に2021〜2024年度の4年間で累計補助額約19億円超を投じ、グリーンツーリズムやヘルスツーリズム、フィルムコミッションなど多彩な着地型コンテンツの造成を進めている(出典:鴨川観光プラットフォーム株式会社「観光地域づくり法人形成・確立計画」、2024年7月)。棚田・温泉・海という複合資源を活かした滞在型観光への転換を明確に志向しており、インバウンド受け入れ向けの多言語情報発信にも取り組む。

銚子市では、(一社)銚子市観光協会がDMOとして「地球の丸く見える丘展望館」「銚子ポートタワー」などの観光施設を直接運営しながら、地場産品(醤油・鮮魚)を活かした着地型旅行商品の造成を進めている(出典:(一社)銚子市観光協会「観光地域づくり法人形成・確立計画」、2023年2月)。銚子は日本最大の水揚げ量を誇る漁港を持ち、食を軸とした観光資源の磨き上げに可能性を秘める。

いすみ市では、(一社)ツーリズムいすみが農泊・漁泊・体験交流を核に、DMOが運行主体となる自家用有償旅客運送を立ち上げ、観光客の二次交通と地域住民の日常の足を同時に担うという先進的な取り組みを展開している(出典:(一社)ツーリズムいすみ「観光地域づくり法人形成・確立計画」、2024年7月)。

市原市は、「チバニアン」(地磁気逆転地層の国際境界模式地)という世界的に希少な地質遺産を有し、小湊鉄道の里山トロッコや日本一の数を誇るゴルフ場など、首都圏近郊の「都市農村交流」型観光として独自のポジションを確立しつつある(出典:市原市「市原市観光振興ビジョン(2020改訂版)」、2020年3月)。

発酵文化という横断的テーマの台頭

個別地域の資源にとどまらず、千葉県全体を貫く新たな観光テーマとして「発酵文化」が浮上している。醤油・みりん・日本酒の生産量で全国トップ水準を誇り、キッコーマン(野田市)・ヤマサ醤油(銚子市)など世界的ブランドの生産拠点を擁する千葉県は、「発酵県ちば」として2026年の大阪・関西万博でブース出展を予定している(出典:ちばぎん総合研究所「ちば経済トレンド6月号」、2025年公表)。発酵文化は試飲・試食・工場見学という体験型コンテンツとの親和性が高く、インバウンド需要との接続においてもポテンシャルが大きい。

「発酵」は点在する在来観光資源を一本の物語でつなぐ可能性を持つ。香取・神崎・流山・野田・銚子といった各地域の発酵拠点を回遊するルートが整備されれば、TDRを目的地とする訪日客を県内各地に分散させる「デスティネーションの多極化」に貢献できる。

在来観光の構造的弱点:二次交通と認知の壁

在来観光地には共通した構造的課題が存在する。鉄道・バス等の公共交通が整備されていないエリアが多く、レンタカーや自家用車なしでは観光地へのアクセスが困難な「二次交通問題」は、特に免許を持たないインバウンド旅行者にとって致命的な障壁となる。ちばぎん総合研究所の分析でも、ライドシェアや地域交通の整備が在来観光地の活性化において喫緊の課題であることが指摘されている(出典:ちばぎん総合研究所「ちば経済トレンド8月号」、2024年8月公表)。

在来観光地が直面しているのは、資源の貧困ではなく、届け方の貧困である。モノは揃っている。しかし、それをどう見せ、どうアクセスさせ、どう体験させるかという「仕組み」の構築が、今まさに問われている段階にある。


第5章 DMO再編の現在地

「組織をつくる」から「機能させる」へ

千葉県内では複数のDMOが形成・確立の途上にある。しかし、DMOが「登録された」ことと「機能している」ことは同義ではない。組織の乱立と資源の分散が進む中で、DMOは本当に地域観光の司令塔となりえているのか。

日本においてDMO(観光地域づくり法人)の制度が本格化したのは2015年以降のことだ。国土交通省観光庁が登録制度を整備し、データに基づくマーケティングと地域マネジメントを一体的に担う組織として、全国各地での設立が促進された。千葉県でも複数のDMOが順次形成・確立を進めており、鴨川・銚子・いすみ・大多喜・勝浦など、第4章で触れた在来観光地のほぼすべてにDMOまたは候補法人が存在する状況となっている。

しかし、DMOの数が増えることと、在来観光が実際に強くなることは、必ずしもイコールではない。ここに千葉の在来観光振興における根本的な問いがある。

DMOに課される三つの役割と現実のギャップ

DMOに求められる機能は、本質的に三層構造をなしている。第一は「稼ぐ力」——自主財源を確保し、行政補助に依存しない持続的な経営体となること。第二は「データで動く力」——観光客の属性・行動・消費を分析し、マーケティングに活かすこと。第三は「地域を束ねる力」——宿泊・飲食・交通・農漁業・文化など異なる業種の事業者を一つのプラットフォームに集約し、面的な観光地経営を行うこと。

この三つを同時に実現できているDMOは全国的にも少なく、千葉県内も例外ではない。財源の多くは行政補助や観光庁の補助事業に依存しており、補助期間終了後の自走モデルを確立できているかどうかが各組織の正念場となっている。DMO養成塾(成田空港活用協議会主催、ちばぎん総合研究所協力、2020〜2021年開催)でも、「自主財源の確保と経済循環の確立」「専門人材の確保と人材育成」「二次交通等の整備」が繰り返し課題として挙げられており、これらは今日においてもなお未解決のままである(出典:成田空港活用協議会「DMO養成塾保存版」、2021年)。

広域連携という実験:時事グローカルサービシーズの事例

注目すべき動きとして、勝浦市・いすみ市・大多喜町・御宿町の2市2町を対象エリアとする地域連携DMO「株式会社時事グローカルサービシーズ」が2023年11月に設立されている(出典:株式会社時事グローカルサービシーズ「観光地域づくり法人形成・確立計画」、2025年1月)。時事通信社を親会社に持つこの法人は、各地域のDMO・観光協会と重複しないよう役割を分担しながら、中央省庁・民間企業・成田国際空港との接点づくりや広域旅行商品の造成を担うという新しいモデルを試みている。

これは「一市町村一DMO」という従来のモデルから、「広域で機能を束ねる上位レイヤーのDMO」を設ける重層型への転換を示す動きであり、千葉の在来観光にとって重要な実験だ。個別DMOが地域密着型のマネジメントを担い、広域DMOが販売・プロモーション・渉外機能を担うという役割分担が機能すれば、規模の経済が働き、インバウンド誘致や旅行会社へのセールスにおいて単独では難しかったアクセスが可能になる。

財源・人材・データ:三つの構造的課題

DMOの課題は組織の数や形態だけにとどまらない。財源については、観光庁補助事業への依存度が高く、複数年にわたる継続的な事業展開が難しい組織が多い。人材については、CMO(マーケティング責任者)・CFO(財務責任者)・旅行商品造成の専門人材を同時に確保することは小規模組織には重い負担であり、事実として兼務・暫定体制で運営されているケースが複数見られる。データについては、観光客の実態を把握するための独自調査・分析能力を備えているDMOはごく一部にとどまる。

DMOが「機能する組織」となるためには、登録・設立という入口の整備だけでなく、財源モデルの自立化・専門人材の計画的育成・デジタルデータ活用の底上げという三つの出口設計が不可欠だ。この課題を放置したまま組織の数だけが増えても、在来観光の底上げにはつながらない。


第6章 千葉県観光の転換点

成田空港拡張とインバウンド再編が問いかけるもの

成田空港の機能強化という構造変化は、千葉県の在来観光にとって追い風か、それとも「素通り」をさらに加速するリスクか。そして、インバウンドの質的変化は何を千葉に求めているのか。

千葉県の観光をめぐる外部環境は、いま大きな転換点を迎えようとしている。その最大の変数が、成田空港の機能強化。いわゆる「第2の開港プロジェクト」だ。

図表8 成田空港拡張の経済波及効果

成田空港拡張の経済波及効果

2024年度実績 vs 2040年度(発着50万回時)想定/千葉県への年間波及効果

2040年に年間4.0兆円・累計+19.2兆円の波及効果——在来観光の受け皿整備が不可欠

出典:株式会社ちばぎん総合研究所「成田空港第2の開港プロジェクトの経済波及効果」2026年3月公表

ちばぎん総合研究所(株式会社千葉銀行)の試算によれば、2040年度に航空機発着回数が現在の約25万回から50万回へと倍増した場合、千葉県への経済波及効果は年間4.0兆円に達する。2024年度実績(2.4兆円)比で年間1.6兆円の増加であり、2025〜2040年度の累計では19.2兆円の増加効果が見込まれる(出典:株式会社ちばぎん総合研究所「成田空港第2の開港プロジェクトの経済波及効果」、2026年3月公表)。B滑走路延伸・C滑走路増設・旅客施設整備・京成電鉄のアクセス強化・大規模物流倉庫建設・北千葉道路整備といった関連インフラ投資の波及効果を合計すると、建設投資だけで約3.4兆円の経済波及効果が生じると推計されており、空港経済圏としての千葉の存在感は今後さらに高まる。

「玄関口」強化がもたらすパラドックス

しかしここで冷静に問い直す必要がある。空港が強化されれば、より多くの訪日客が成田に降り立つ。だが、それは千葉県内に旅行者が増えることを自動的には意味しない。第2章で確認したように、千葉県のインバウンドはコロナ禍前から「素通り」が常態化していた。2024年1〜8月の千葉県の外国人延べ宿泊者数は2019年同期比でマイナス9.8%と、いまだコロナ禍前の水準を回復できていない。同期間に全国では33.4%増、東京都は89.3%増という急回復を遂げていることと比較すると、千葉の遅れは際立っている(出典:ちばぎん総合研究所「ちば経済トレンド12月号」、2024年12月公表)。

空港の発着回数が倍増すれば、素通りする訪日客の絶対数もまた増える可能性がある。「玄関口」機能の強化は、仕組みが整わないまま進めば「千葉を通り過ぎる旅行者の増加」という皮肉な結果をもたらしかねない。成田空港拡張という千葉最大のインフラ投資を、在来観光の活性化につなげるかどうかは、今後10〜15年の政策判断と地域の戦略的行動にかかっている。

インバウンドの「個人化」と中国人減少という構造変化

もう一つの重要な変化は、インバウンドの旅行スタイルの転換だ。訪日外国人全体に占める団体ツアー参加者の割合は2019年の17.9%から2024年には10.7%へと低下し、個人旅行が主流となった。とりわけ中国人旅行者については団体比率が31.2%から15.7%へと急落しており、中国人団体旅行者の千葉県内宿泊施設への集中的な宿泊というコロナ前のモデルは構造的に崩壊したとみていい(出典:同上)。2024年1〜8月の千葉県の中国人宿泊者数は2019年同期比で59.5%減という深刻な落ち込みが続いている。

これは危機であると同時に、新しい旅行者像に適応する好機でもある。個人旅行者は、旅行前に自分でルートを調べ、体験コンテンツを選び、SNSで発信する。つまり、地域が魅力的な体験コンテンツを発信し、言語を超えたアクセスを整備すれば、個人旅行者を獲得できる可能性は団体ツアー依存の時代よりも格段に広がる。問われるのは「どこに誘致するか」よりも「何を体験させるか」という発想の転換である。

文化・芸術資源という「再発見」の可能性

この文脈で注目したいのが、千葉の文化・芸術資源の潜在力だ。ちばぎん総合研究所の調査によれば、成田山新勝寺や犬吠埼灯台のように県外でも認知・体験されているメジャー資源がある一方、「認知を高めれば集客が期待できる資源」が県内に数多く眠っている。特に近隣都県の居住者(東京・神奈川・埼玉)が「知らないが、知れば行きたい」と感じる資源群——波の伊八、チバニアン、房総里山の景観、各地の祭礼など——は、インバウンド個人旅行者にとっても「まだ発見されていない日本」として高い訴求力を持ちうる(出典:ちばぎん総合研究所「千葉県の文化・芸術:地域資源としての現状と展望」、2026年公表)。

「素通り」から「滞在」へという転換は、輸送インフラの整備だけでは達成できない。旅行者が「千葉に泊まる理由」を自分の言葉で語れるコンテンツ——それが文化・芸術・食・自然・歴史を束ねたストーリーとして提供されるとき、はじめて千葉は「玄関口」から「目的地」へと変貌する。


第7章 「もう一つの目的地」へ

千葉観光の転換に向けた政策的示唆と実務的提言

「玄関口から目的地へ」という転換を実現するために、千葉県の自治体・DMO・観光事業者は何をすべきか。

ここまでの全6章にわたって、千葉県の観光市場の構造変化を読み解いてきた。第1章でTDRという「県内最大の変数」を発見し、第2章でインバウンドの素通り構造を確認し、第3章で消費の質的ギャップを解剖し、第4章で在来観光地の現在地を描き、第5章でDMOの機能課題を整理し、第6章で成田空港拡張という外部変数とインバウンドの個人化という構造変化を論じた。

これらを貫く一本の問いは、常に同じだった。「観光消費2兆円の好調は、千葉の在来観光の実力を示しているのか」——その答えは、残念ながらノーに近い。好調の実態はTDRと訪日インバウンドの消費増に支えられており、在来観光の自立度・競争力・収益性は依然として構造的な課題を抱えている。

しかしこれは悲観すべき状況ではない。潜在力は確かに存在し、変化の好機も重なっている。問題は、その潜在力を現実の旅行需要に変換する「仕組み」が整っていないことだ。最終章では、この仕組みを構築するための政策的示唆と実務的提言を、三つの軸で整理する。

提言① 統計・評価の「二軸化」——TDRを含む数字と除く数字を並列管理

現状の千葉県観光統計は、TDRを含む総量で評価される一元的な指標体系のままだ。この状態では、在来観光が改善しているのかどうかを判断する手がかりがなく、自治体・DMO・観光事業者は自分たちの努力の成果を検証できない。

千葉県または県内の研究機関は、TDRを除いた「在来観光指数」の試算を定期的に公表する体制を整えるべきである。公式統計の組み替えが困難であれば、浦安市の観光入込客数・消費額データを活用した試算レポートを年次発行する形でも対応できる。評価軸が整って初めて、「在来観光の改善」という目標が実質的な意味を持つ。

提言② インバウンドの「量から質へ」——個人旅行者向け体験コンテンツの戦略的整備

中国人団体旅行の構造的縮小、個人旅行者の主流化、消費単価の高い富裕層・リピーターの増加という三つの変化は、千葉の在来観光に対して「受け皿の質的転換」を迫っている。発酵ツーリズム・里山体験・海の体験・アート・文化財——これらを個人旅行者が自分で予約・体験・発信できるプラットフォームの整備が急務だ。

NAA(成田国際空港)グループが設立したプラスナリタラボのような「空港を起点とした観光体験予約サイト」の機能を、在来観光地のコンテンツで充実させることが有効な一手となる。同時に、多言語対応・キャッシュレス決済・SNS発信素材の提供という三点を各観光地が整備することで、個人旅行者の「千葉内回遊」を促進できる。消費単価137,985円/人回という訪日外国人の高い支出ポテンシャルを、TDR以外の千葉で引き出すことが目標となる(出典:千葉県商工労働部観光政策課「令和6年千葉県観光入込調査報告書」、2025年公表)。

提言③ 移動の壁を壊す——二次交通の抜本的整備

在来観光地の最大の物理的障壁は、依然として「行きにくさ」だ。千葉県のタクシードライバー数は東京圏で最も少ない約7,600人(2020年時点)まで減少しており、公共交通の空白地帯が広がっている(出典:ちばぎん総合研究所「ちば経済トレンド8月号」、2024年8月公表)。千葉市・四街道市でのライドシェア試験導入(2024年6月開始)や、ツーリズムいすみの自家用有償旅客運送事業のような先行事例を在来観光地全体に展開することが、観光客の地域内回遊を飛躍的に改善するカギとなる。

DMOが交通事業者と連携し、「観光×交通」の一体型パッケージ(宿泊+周遊バウチャー等)を造成することで、旅行者の利便性向上と地域内消費の拡大を同時に実現できる。二次交通の課題は観光だけの問題ではなく地域住民の生活課題でもあるため、自治体の地域交通政策と観光振興を連携させた統合的なアプローチが求められる。

提言④ DMOの「機能する組織」への転換——数より質、補助より自走

第5章で論じた通り、DMOの課題は数よりも機能の質にある。自主財源を確保し、専門人材を擁し、データで意思決定できる組織——この三条件を満たすDMOを千葉県内に育てることが、在来観光の底上げに直結する。時事グローカルサービシーズのような広域連携DMOを上位レイヤーとして活用しながら、地域DMOが地域密着型のマネジメントに専念できる役割分担を設計することが重要だ。

千葉県は第3次観光立県ちば推進基本計画が掲げる「繰り返し選ばれる国際観光県CHIBA」というビジョンを次期計画へ引き継ぐにあたり、「TDRを除いた在来観光の競争力指標」を数値目標として明示すべきである。目標なきところに戦略は生まれず、戦略なきところに自走するDMOは育たない。


分析を踏まえた所感

今こそ千葉県は「玄関口から目的地」へ転換するべき

千葉県は、世界的な空港と世界屈指のテーマパークという二つの巨大インフラを擁する。これは紛れもない強みだ。しかしその強みの「影」に、在来観光の可能性が覆い隠されてきた側面もある。

成田空港が2040年に向けてさらに強化され、より多くの訪日旅行者が千葉の上空から降り立つ未来において、千葉は「通過点」であり続けるのか、それとも「目的地」の一つとして選ばれるようになるのか。その分岐点は、すでに今ここにある。

在来観光が自立した「もう一つの目的地」となるとき、千葉の観光は初めて真に多極化し、地域全体に厚みのある経済波及をもたらすだろう。それは同時に、TDRという一つの輝きに依存しない、千葉県の観光産業の「自立宣言」でもある。


〈本レポートの参考資料〉