

REPORT
〈コラム〉
2026年2月28日。米国とイスラエルがイランへの大規模攻撃に踏み切った。
ハメネイ師の死亡が伝えられ、イラン革命防衛隊はホルムズ海峡の閉鎖を宣言。タンカーの通過量は約70%減少し、ブレント原油は1バレル78ドル台へ急騰した。100ドル超えの予測も複数出ている。
この出来事は、対岸の火事ではない。
日本が輸入する原油の9割超は中東に依存し、その大半がホルムズ海峡を経由している(EIA、中東調査会)。LNG(液化天然ガス)も世界の海上貿易量の約2割がこの海峡を通る。円は一時157円台まで下落し、日経平均は急反落。3月3日の衆院予算委員会では、高市首相が電気・ガス料金への影響について答弁を求められている。
先日公表した前回レポートで、私たちは2025年の国内観光市場における「構造変化」を指摘した。消費額26.8兆円という回復の裏側で、Q4(10〜12月期)には単価が下落し、旅行の「圧縮」が始まっていた。その構造変化の途上に、エネルギーショックが重なった。
問いたいのは一つ。
日本の観光の現場は、この衝撃に対する「耐性」を持っているか。
2月28日に「Operation Epic Fury」が開始され、イラン全土の軍事施設・核関連施設約500カ所が標的となった。翌3月1日、イラン国営メディアが最高指導者ハメネイ師の死亡を伝える。革命防衛隊はただちにホルムズ海峡の閉鎖を宣言し、海峡を通過しようとする船舶を「炎上させる」と警告した(ロイター、2026年3月2日)。
実際に、オマーン沖で少なくとも3隻のタンカーが攻撃を受けている。マースク、ハパックロイド、CMA CGMといった世界的な海運大手が相次いで海峡通過を停止。海上保険会社もホルムズ海峡を通過する船舶への保険引き受けを事実上停止しており、保険料率は急騰した。
正式な「封鎖宣言」は出ていない。しかし、実態としての封鎖は始まっている。
船舶追跡データによれば、150隻以上の船がペルシャ湾の外側で滞留し、新たに海峡に入る船はほぼゼロだ(Windward Maritime AI、3月2日時点)。日本郵船や川崎汽船も海峡通航を停止した。
原油価格の動きは、市場がこの事態をどう読んでいるかを示す。ブレント原油は攻撃前日の2月27日時点で1バレル73ドルだったが、3月1日には78ドルへ急騰。シティは当面80〜90ドルの範囲を予想し、ウッド・マッケンジーは海峡閉鎖が長引けば100ドル超えを見込む。日本総合研究所は、最悪シナリオで120ドル程度への急騰を試算している。
エネルギーショックは、観光産業に対して「直接」ではなく「間接」に効く。だからこそ、波及経路の解像度を上げておくことが、現場の判断を分ける。
原油価格の高騰は、まずガソリン価格に現れる。日本総合研究所の試算では、ホルムズ海峡が完全封鎖された場合、原油価格はWTIベースで120ドル程度まで急騰する可能性がある。ガソリン小売価格はリッター200円を超える局面が視野に入る。
見落とせないのは、LNG価格の連動だ。日本のLNG輸入価格は原油価格と連動する契約が多く、原油高はガソリンだけでなく電気・ガス料金の引き上げにつながる。これは数カ月のタイムラグを伴って家計を圧迫する。つまり、春から夏にかけて徐々に効いてくる「遅効性の圧力」である。
前回レポートで指摘した
「2025年Q4の「旅行の圧縮」泊数の短縮、部屋グレードの引き下げ、食事プランの外し」
この事は、まさに物価高と家計防衛の産物だった。エネルギーコストのさらなる上昇は、この圧縮をもう一段深くする。
宿泊施設にとって、光熱費は固定費の中でも大きな比重を占める。温泉旅館であれば、加温・ポンプ・空調のすべてがエネルギーコストに直結する。食材の仕入れにおいても、物流コストの上昇が卸値に転嫁される。
ここでの実務上のポイントは、コスト上昇を「いつ」「どこに」転嫁するかの判断だ。宿泊料金の値上げは予約済みの客には適用できない。アメニティや食材の質を落とせば顧客満足度が下がる。この二律背反の中で、事業者には短期的な損益管理と中期的な価格設計の両方が同時に問われる。
交通費の上昇は、旅行の「距離」と「頻度」に直接影響する。マイカーで出かける日帰り客はガソリン価格の変動に敏感であり、遠距離の宿泊旅行では交通費の比重が大きくなる。前回レポートで確認した「短距離化・日帰りシフト」は、移動コストの上昇によってさらに加速する可能性が高い。
航空運賃についても注視が要る。燃油サーチャージは原油価格に2カ月程度の遅延で連動するため、春〜夏の国内線・国際線で値上がりが見込まれる。
インバウンドに対しては、「追い風」と「逆風」が同時に吹いている。
2025年の訪日外国人旅行者数は4,114万人、消費総額は9.5兆円といずれも過去最高を記録した(JNTO、観光庁)。JTBは2026年の訪日客を4,140万人と予測していたが、今回の中東情勢はこの見通しに複数のリスクを上乗せする。
追い風の側面。 円安の加速(一時157円台)は、訪日客の購買力をさらに押し上げる。海外からの旅行先として日本の価格競争力は一段と高まる。特に欧米豪からの旅行者にとっては、滞在コストの低さが魅力を増す。
逆風の側面。 ホルムズ海峡を通過するLNGの約84%はアジア向けであり(EIA)、アジア各国もエネルギー価格高騰の直撃を受ける。韓国・台湾・東南アジアからの旅行者にとって、航空運賃の上昇は訪日を躊躇させる要因になりうる。
さらに、中東空域の広範な閉鎖はドバイ国際空港の全便停止をはじめ、中東経由の欧州路線に混乱を引き起こしている。JALはドーハ線を欠航とし、欧州便も北回りルートへの変更を余儀なくされた。大手旅行会社は中東方面のツアーを中止。中東・欧州方面への海外旅行が当面困難になることで、「海外旅行を予定していた日本人が国内旅行に振り替える」需要も一定程度見込まれる。
ただし、ここで楽観に走るのは危うい。JTBの2026年予測では、もともと中国・香港からの訪日需要減少を背景に訪日客数を前年比2.8%減と見積もっていた。中東情勢の混乱は、欧州市場の回復シナリオにも影を落とす。インバウンドの「量」に依存した経営は、外的ショックのたびに振り回される。前回レポートで指摘した「一人当たりの消費額をどう設計するか」という問いは、インバウンドにおいても同じ構図だ。
2025年通年の国内旅行消費額は26兆7,746億円(前年比+6.4%)。旅行者数5億5,366万人、旅行単価48,359円。いずれも前年を上回り、コロナ禍前の2019年比でも消費額は約22%増だった。
しかしQ4(10〜12月期)に入ると、消費額は前年同期比2.6%減。旅行者数はほぼ横ばい(-0.1%)にもかかわらず、単価が2.5%下落していた。旅行者は減っていない。使う額が絞られた。
この「選別化」の主な背景として、私たちは3つの要因を挙げた。
一つ目は、インバウンド増加による宿泊環境の変化。宿泊価格の上昇と予約困難化。二つ目は、物価高と年末の家計防衛意識。三つ目は、混雑回避による行動変化。
今回のエネルギーショックは、このうち二つ目の要因を一気に増幅させる。
物価高はもはや「じわじわ効く慢性的な圧力」ではなく、エネルギー価格の急騰によって「はっきりと家計を圧迫する急性的な痛み」に転じる可能性がある。特に、電気・ガス料金の上昇は宿泊旅行の「総額の見え方」をさらに悪化させる。宿泊施設が光熱費の上昇分を宿泊料金に転嫁すれば、旅行者の「価格納得性」はさらに低下し、日帰りシフトが加速する。
一方で、前回レポートでは言及しなかった新たな力学も生まれている。
海外旅行のコスト増と中東方面の渡航困難化は、一定の「国内回帰需要」を生む。2025年の日本人海外旅行者数は約1,400万人台で推移しており、コロナ前の2019年(約2,008万人)にはまだ戻っていない。円安と燃油サーチャージの上昇によって海外旅行がさらに割高になることで、その一部が国内旅行に流れる。
ただし、この「国内回帰」は自動的に単価の高い宿泊旅行に向かうわけではない。海外旅行を断念した消費者は「高いお金を出してでも非日常を味わいたい」層であり、中途半端な宿泊体験では満足しない。彼らを取り込むには、海外旅行と比較されても遜色のない体験設計が問われる。
事態は流動的だ。ホルムズ海峡が実際にどの程度の期間封鎖されるかは、軍事・外交の展開次第であり、誰にも予測できない。日本には254日分の石油備蓄があり、短期的な石油不足が即座に起きるわけではない。
しかし、だからこそ「今動く」ことに価値がある。石油備蓄があるうちに、コスト構造と商品設計を見直す時間はある。事態が深刻化してからでは遅い。
一つ目:自社のエネルギーコスト感応度を、今週中に数字で把握する
光熱費が10%上がったら利益はどう変わるか。20%上がったら。食材仕入れの物流コストが5%上がったら。この計算を、推測ではなく自社の実績数字で行う。
感応度を把握していない事業者は、値上がりが現実になってから慌てて対応を始めることになる。それでは、打てる手が限られる。
二つ目:春の需要期の価格設計を、3月中に再点検する
3月から5月は国内旅行の需要期だ。すでに予約が入っている分は動かせないが、まだ空いている在庫の価格設計は今からでも間に合う。
前回レポートで提案した「宿泊の納得価格設計」は、ここで具体的な実行局面に入る。食事・体験・送迎を束ねてパッケージ化し、「総額でいくら」という見え方を整える。追加課金への不安を軽減する設計は、物価高の局面でこそ効力を発揮する。
日帰り商品の設計も急ぎたい。食・体験・交通を組み合わせた「単価の取れる日帰り」を、やり方次第で短期間に組み立てられる地域は少なくないはずだ。
三つ目:「国内回帰」需要を、意図的に設計して取りに行く
海外旅行からの振り替え需要は、黙っていても来るかもしれない。しかし、「黙っていても来る」ことに甘えた結果、前回レポートで日帰りの堅調を「なんとなく取れている」で終わらせてしまう危険を指摘したのと同じ構図が繰り返される。
海外旅行を検討していた層は、旅に対するリテラシーが高い。予約から体験までのプロセスに高い水準を求める。「この宿に泊まる理由」「この土地を訪れる意味」を言語化し、検討段階で伝わるように設計することが、この層を取り込む前提条件になる。
具体的には、海外旅行と比較されることを前提にした情報発信──たとえば「〇〇という体験は、日本ではこの地域でしかできない」という切り口──が有効だろう。観光資源のユニークネスを、海外旅行経験者の目線で再定義するということだ。
宿泊離脱の本当の要因は何か
前回レポートの結びで、私たちは「観光の現場が次に議論すべき問い」を3つ提示した。宿泊離脱の真因の特定、日帰り商品の設計主体、インバウンドとの共存設計。
今回の事態を受けて、もう一つの問いを加えたい。
あなたの地域の観光は、外的ショックに対してどれだけの「耐性」を持っているか。
2020年のコロナ禍は、需要そのものが蒸発するタイプのショックだった。今回は、需要は存在し続けるが、コスト構造が変わるタイプのショックだ。旅行者は旅をやめるのではなく、旅の中身を変える。その変化の方向を読み、先回りして商品と価格を設計し直せるかどうかが、事業の存続を分ける。
石油備蓄が254日分あるように、観光事業者にも「備蓄」がある。それは、顧客との信頼関係であり、地域の体験価値であり、事業者同士の連携の厚みだ。
ショックの渦中にいるからこそ、見えるものがある。
「回復」を待つのではなく、「耐性」を設計する。
今回の危機が問いかけているのは、そういうことだと思う。
〈本レポートの参考資料〉
観光庁「旅行・観光消費動向調査 2025年10-12月期(1次速報)」(2026年2月18日公表)
ロイター「イラン革命防衛隊がホルムズ海峡封鎖、通過の船舶『炎上させる』と警告」(2026年3月2日)
日本経済新聞「ホルムズ海峡封鎖、世界経済に波乱の芽 原油70→100ドル台予測」(2026年3月2日)
Bloomberg「日本のインフレ加速の恐れ、原油急騰──ホルムズ海峡が事実上封鎖」(2026年3月2日)
時事通信「日本の原油輸入に打撃 ホルムズ封鎖なら、空路にも影響」(2026年3月1日)
公益財団法人中東調査会「中東:イラン情勢の緊迫化を受け、ホルムズ海峡が通航不可」
日本総合研究所 栂野裕貴研究員の原油価格試算(日テレNEWS、2026年3月1日)
JTB「2026年の旅行動向見通し」(2026年1月8日)
JNTO訪日外客統計・観光庁インバウンド消費動向調査
Windward Maritime AI「March 2, 2026: Iran War Maritime Intelligence Daily」
米国エネルギー情報局(EIA)ホルムズ海峡通過量データ